カナダでその日ぐらし20年男、絵と写真の制作メモ
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- - -
午後の凪
 JUGEMテーマ:写真日記

LUMIX GF1 + Kern Switar 25mm f1.5




最近、どうも言葉が空回りしてうまく伝えられない。

文章で伝えるという行為自体が、相手を説得させる

つまり論理を説くという行為な訳で

それがとても僭越に感じてしまうのだ。

自分で何か書こうしてしても、どうにも陳腐なエゴの押しつけに

感じてしまい、前へ進むことができない。

なんなんだろうね、これ。

暫く、黙ってろ、ってことなのかなぁ。

考えてみたら写真ブログなわけで言葉はなくてもいいのだ。

いや、むしろその方が良いのかも。



人気ブログランキングへ にほんブログ村 写真ブログ アート写真へ
風景 comments(4) trackbacks(0)
スポンサーサイト
- - -
Comment








私は言葉が添えてあるブログの方が好きです。
本当に、単に好みの問題に過ぎないんでしょうけど。

言葉が添えてあると、写真の見え方も変わってきます。
それは、作者の狙った通りに見えるということではなくて、
言葉からイメージする作者の人柄で、
写真に深みが加わるという意味で、です。

それから、個人的に説得される場合ならともかく、
不特定多数に向けられた言葉にエゴを感じる人は少ないと思います。
言葉も作品の一部だと感じるだけだと思うのですが、どうでしょう?

あ、でも、言葉が空回りするという感覚はすごくわかります。
私なんて、いっつもそんなです。(^^;
from. めいらび | 2010/07/06 00:41 |
めいらびさん、

ありがとうございます。
気にきいたことを書こうとするからなんですよね。
で、今度は飾らずに普通に書くと、なんだ、これ、つまんない!(笑)
写真を撮るだけの方がぜんぜん楽です。
まあ、でもおっしゃるように言葉も作品も、
自分の中から出てくるものですから
あまり気にする必要もないのかも知れません。

そんなわけで、素直に言葉が出るときは書きますし、
乗らないときは書かない、そんないい加減さで良いのかなぁ..と。
from. matsu | 2010/07/06 00:56 |
語りたい写真と、語らせたい写真の違い、といったところでしょうか。 (^_^)ゞ
from. gishiho | 2010/07/24 13:57 |
gishihoさん、
そうですね、写真が強ければそれについて語る必要はないのだと
思います。まあ、でもその写真の背景について観る側が興味を持つかも
知れず、語りはサービスに部分でしょうか。(笑)
from. matsu | 2010/07/24 19:55 |
Trackback
この記事のトラックバックURL: トラックバック機能は終了しました。
<< NEW | TOP | OLD>>